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高橋 和子さん

[1965 全日本選手権シングルス優勝]

東京・東伏見にある早稲田大庭球部の練習所を訪れると、ピンクのウォームアップに身を包んだ小柄な女性が笑顔で迎えてくれた。元全日本チャンピオンの高橋(旧姓黒松)和子さん。ご夫妻でテニスをした後だった。インタビューは合宿所の畳の部屋で行われたが、ピンと背筋を伸ばして正座する姿が美しかった。こちらも思わず襟を正したが、慣れない正座に足がしびれてしまう。すると、高橋さんは一緒に足を崩してくれた。さりげない気配りが印象的だった。

高橋さんは金城学院高3年でインターハイを制し、早稲田大ではインカレ3連覇を達成した。同世代では頭一つ抜きん出ていたが、一般に目を向けると、越えなければならない高い壁が立ちはだかっていた。全日本選手権のシングルスで8連覇を含む10度優勝を誇る宮城黎子さん。高橋さんがトップ選手として活躍した昭和30年代、19歳年上の宮城さんは無敵の強さを誇っていた。


「当時、宮城さんに勝つ人はいなくて、宮城さんに勝つことが目標でした。そうしないと優勝できませんから」。


65年11月、東京の田園テニスクラブで行われた全日本選手権。11度目のシングルス制覇を狙う43歳の宮城さんは順調に決勝まで駒を進めた。


写真

高橋 和子さん

対する24歳の高橋さんは、準決勝にもう一つの山があった。アメリカで10年間トップ10をキープした実力者のドロシー・ノードさんとの対戦。ノードさんは高いロブが得意の粘り強い選手だった。ピークを過ぎたとはいえ、簡単には勝たせてくれない。予想通り手ごわい相手で苦戦したが、6-4、1-6、6-4のフルセットで勝ち、初めて全日本決勝の切符を手にした。


宮城さんと高橋さんは、同年9月の毎日庭球選手権(毎トー)の決勝でも顔を合わせていた。その時は6-4、6-1で宮城さんの貫録勝ち。翌日の毎日新聞で、元全日本チャンピオンの福田雅之助氏はこう評している。

<宮城のストロークは鉄壁の堅さをもっている。これを破るには相当な確実さと攻撃力が必要だ>

福田氏が指摘する通り、高橋さんは宮城さんの「鉄壁のストローク」に苦しめられ、得意のフォアで無理に強打して自滅してしまった。

高橋さんは「宮城さんは何でもできた。テニスの幅があるし、エラーがない。特に精神力が違った。お化けです(笑)自分から崩れることはなく、難しいところに打ってきて先にこっちが崩れてしまうんです」と宮城さんの強さをしみじみと語った。


全日本の初タイトルを前に、同じ失敗を繰り返すわけにはいかなかった。だが、試合開始すぐに宮城さんが4-0でリードし、一方的な展開になった。スロースターターの高橋さんは第1セットの後半にようやくエンジンがかかってきた。3-6で落としたが、第2セットはドロップショットや強打など硬軟織り交ぜて対抗する。

「セカンドからは相手の打つところが見えてきました。初めての経験でしたが、糸を引くようにボールが飛んでくるところが分かる。しかも自分の打つボールは入ると確信できた」。

未知の体験だったが、無我の境地といったところか。「自動的に体が動いていたし、集中していたんだと思います」と高橋さんは説明する。

高橋さんはフォアのストロークが武器のベースラインプレーヤーだが、この日はネットへも積極的に出た。マッチゲームでも2本のボレーを決め、6-3、6-1で取り返し、初の栄冠を手にした。


翌日の毎日新聞には「常勝の宮城を破る」という見出しが踊った。福田氏も次のようにたたえた。

<第二セットの後半から黒松のタマは非常に深くなり、ほとんど凡失がなく、とくにバックの打ち合いは堅実だった。(中略)ノード(東京ク)につづいて宮城と、二人の大敵を倒した黒松の優勝は見事だった>

試合を終えてコートから階段を上っていく途中、面識がない子供から花をもらった。

「知らない子だったんですが、それがすごくうれしくて。試合前は絶対優勝しようと思っていましたが、自分なりに満足のいく試合ができて爽快な気持ちでした」。


写真

高橋 和子さん

だが、大会前は必ずしも好調とはいえず、「今年はいける」という手応えはなかったという。ただ、体力的には自信があった。所属する朝日生命の柳恵誌郎さんや小幡(現姓高木)陽子さんらと陸上の400メートルトラックを使って全速力で走るトレーニングをしていたからだ。

「全日本が始まっても、あまり調子は良くなかったのですが、競って勝ち上がっていった」。

セットオールになる試合も多かったが、トレーニングが功を奏してスタミナ負けすることはなかった。


引退後もベテランの試合に時折挑戦し、世界選手権で準優勝したこともある。「ベテランになっても勝とうという気持ちは変わりませんが、一生懸命なところが半分、楽しみながらが半分です」。

高橋さんは弟の秀三郎さんも元デ杯選手のテニス一家。姉弟でともに普及活動をしたり、夫婦でプレーしたり、楽しみながらラケットを握っている。

本文と掲載写真は必ずしも関係あるものではありません

プロフィール

高橋 和子 (たかはし・かずこ)

  • 1941年7月生まれ
  • 早稲田大卒

主な戦績

  • 61~63年インカレシングルス優勝
  • 65年全日本選手権シングルス優勝
  • 64、65年フェドカップ代表

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