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TENNISP&Sでテニスをはじめよう!

松浦 督さん

[1959 デビスカップ・インド戦]

松浦 督さん

三井物産勤務時代は約30年に渡りウイークエンドプレーヤーを続け、退社後はテニスコーチとなった。テニス歴は半世紀以上に渡るが、「選手生活」は初めてラケットを握った高校1年からの約7年間に凝縮されている。1956年(昭和31年)に関西選手権で単複優勝してから59年のデ杯インド戦までがテニス人生の絶頂期。中でもデ杯インド戦は松浦さんのテニスが完成の域に達した試合だという。

59年5月4日、東京・田園コロシアムで開かれたデ杯東洋ゾーン準決勝最終日。真夏のような暑さに強風という悪条件の中、第1試合の加茂公成-クリシュナン戦が始まった。日本は1-2とリードされ、インドに王手をかけられていた。加茂さんが勝てば松浦さんに勝敗がかかるが、「エースのクリシュナンに対しては彼がけがでもしない限り勝つのは難しいが、ベテランのクマールなら年も取っているし対等にいけるかもしれない」と冷静だった。


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3年連続デ杯代表となったが、大学3年(57年)で初めて代表選出された時は「誇りよりも脅威。えらいことになった。やっていけるか不安で恐ろしかった」という。宮城さんや加茂さんとラリーをしようにも、まともに打ち合えなかった。「球筋が全然違うんです。低い弾道で飛んできてボールが滑り込んでくる。これが一流の球か、と感心しながら相手をしていました」。1、2年目はベンチを温めるばかりだったが、加茂さんや宮城淳さんらのヒッティングパートナーを務めることで、力と自信をつけていったという。


そして迎えた3年目。宮城さんの体調が万全でなかったこともあり、福田雅之助監督から正式なシングルスメンバーとして期待されての出場だった。加茂さんが1-3で敗れたため、日本は松浦さんの試合を待たずに決勝進出の夢が断たれた。「消化試合」には違いなかったが、正選手として堂々と戦った。


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初日はクリシュナンにストレート負けを喫したが、最終日は勝敗が決まった後なので、「失うものは何もない」と伸び伸びとできた。リラックスしていたため、立ち上がりからネット際にボレーを決めるなど、思い切ったプレーを見せた。ストロークで相手をベースラインに釘付けにし、ボレーで仕留める。最終セットに入ると、老巧クマールの表情が険しくなった。松浦さんが0-2から4-2と逆転すると、クマールが4-3と食い下がる。一進一退の攻防は5-3デュースから松浦さんのバックハンドがベースライン深く決まり、最後は相手のダブルフォルトでゲームセット。勝負のかかった試合での逆転勝利だったら、すり鉢状のスタンドは嵐のような拍手に包まれたに違いない。

フルセットにもつれこむ熱戦の模様を隈丸次郎前デ杯監督が翌日のスポーツニッポン新聞にこう記している。<加茂の敗戦で決勝戦の行方は決まったわけだが、クマールに対する松浦の健闘は立派だった。始めから終わりまで球を拾いまくり食い下がっていった精神力は称えられてよい>


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まさに、「完成型」といえるテニスをデ杯という大舞台で披露できた満足感は大きかった。「勝負がかかっていたら百戦錬磨のクマールに勝てたかどうか分かりません。でも、勝敗が決まった後だったので、伸び伸びと自分のできるすべてのことを具現し得るチャンスをもらった。練習も十分やっていたので、テニスに対する意識の高まりは抑えようがなく、自分のできる最高のテニスを目指してクマール戦にのめり込みました」と声を弾ませた。

事実上、このデ杯戦が「最後の試合」となった(公式戦の最後は60年の全日本)。中学時代は野球部員で、テニスを始めたのは大阪府立三国丘高校に入ってから。約7年の「選手生活」に別れを告げ、以後は商社マンとして仕事に専念し、ウイークエンドプレーヤーを楽しんだ。


75~80年まで南アフリカ・ヨハネスブルグへ転勤となり、テニスの楽しさを再発見したという。家族揃って現地のテニスクラブに入会し、クラブ対抗戦に参加した。クラブチャンピオンを決めるトーナメントでは元デ杯選手の松浦さんの腕前に、ダブルスパートナーの申し込みが相次いだほどだった。87~89年までのシリア・ダマスカス勤務時代も、駐在員や大使館員らと汗を流し、交流を深めた。


退職後は公認指導員の資格を取ってテニスコーチとなった。テニスの魅力は「難しいから面白い」という。「人間は考える葦。考えていろんなことを解決するのが好き。できないことを一つ一つ解決する達成感がある。ボールに操られて走り回るのは健康にもいいし、周りの人とわいわいやる楽しさもある」。体力が続く限り続けたいという。


本文と掲載写真は必ずしも関係あるものではありません
松浦 督さん

プロフィール

松浦 督 (まつうら・すすむ)

  • 1936年6月生まれ
  • 大阪府堺市生まれ
  • 関西学院大卒業

主な戦績

  • 1957年ユニバーシアード・パリ大会出場。
  • 1958年全日本学生単準優勝、複優勝。
  • 1957年,58年全日本選手権単複ベスト4。
  • 57年~59年デ杯代表。

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