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ミュージアム:日本のテニスはじめて物語

はじめての女子出場 全米 ウィンブルドン

15 加茂幸子
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全日本シングルス6連覇を含む8勝の加茂幸子は、1952年、日本女性として初めて全米に出場した。当時は外国為替管理法があり、ドルは割当だったので、たった1人での渡米だった。マネージャーであり、写真家であり、記事を書いて送るプレスの役割も果たしている。2年後の1954年にはウィンブルドンにも出場。センターコートで緒戦をものにしたが、2回戦で敗退した。その試合には新聞記者がたった1人来ていたが、政治経済担当者だったため、その依頼により自分自身の記事を書いて送った。ウィンブルドンの後、ツアーに誘われ、ノッティンガムやウェールズなどを転戦している。

はじめての全米ダブルス優勝

16 宮城淳
加茂公成
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1955年、第75回全米ダブルス選手権はマサチューセッツ州の名門ロングウッドクリケットクラブで行われた。デ杯代表として渡米中だった宮城淳、加茂公成も出場し、破竹の勢いで勝ち進む。準決勝では3時間にわたる熱戦を制して英国の№1、ベッカー/ウィルソン組を破った。決勝の相手は米国の若手モス/キリアン組。日本組は第3セットから反撃されて2セット・オールとなる。しかし最終セット、技術と経験にまさる日本組が5-4で迎えた第10ゲーム、宮城がサーブをキープして遂に優勝カップを手にした。ハリケーンの影響による多数棄権に助けられたとはいえ、グランドスラム大会男子ダブルス優勝は佐藤・布井組のウィンブルドン準優勝以来の快挙。日本テニス復活の兆しを印象づけた。

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