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ミュージアム:欧米各地、活躍する日本選手たち

写真が語る日本テニス史 【大正15(1926)年】~

3 欧米各地、
活躍する日本選手たち
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原田を軸に、インターゾーン決勝へ
【大正15(1926)年】

1926年デ杯で活躍した鳥羽、原田、俵
1926年デ杯で活躍した鳥羽、原田、俵
米国留学で実力に磨きをかけた原田
米国留学で実力に磨きをかけた原田
米国ハーバード大学に留学して実力を磨いた原田武一を軸とする1926年のデ杯日本チーム(清水善造、原田、鳥羽貞三、俵積雄)はアメリカンゾーンで初優勝し、欧州ゾーンを勝ち上がったフランス・チームと対戦することになりました。このインターゾーン勝者が前年のデ杯保持国米国に挑戦することができるのです。俵はコシェにフルセットと迫ったものの勝ち星を挙げることができず、日本チームは2-3で敗れましたが、このとき原田はR.ラコステ、H.コシェを破っています。
この年のトーナメントで原田はW.ジョンストンも破り、全米3位、世界7位にランクされました。

活躍の場、ヨーロッパに広がる
【昭和3(1928)年】

1929年日米デ杯チーム。左から太田、J.ヘネシー、デ杯寄贈者D.F.デビス、J.バンライン、安部 -写真:『庭球百年』より-
1929年日米デ杯チーム。左から太田、J.ヘネシー、デ杯寄贈者D.F.デビス、J.バンライン、安部 -写真:『庭球百年』より-
1927年よりデ杯チームに加わった太田芳郎は翌年イギリスに留学して各地トーナメントに参加し、シングルス連続優勝7回の快記録を達成しています。
この頃のデ杯には在米の清水、原田、鳥羽、安部民雄、そして在英の太田、三木龍喜らが参加しています。

世界の強豪、フランス4選手の来日
【昭和4(1929)年】

三年町特設コートでの来日フランス選手たち。上段は、秩父宮殿下より握手を賜るコシェ、ブルニヨン
三年町特設コートでの来日フランス選手たち。
上段は、秩父宮殿下より握手を賜るコシェ、ブルニヨン
7年間、デ杯保持国として君臨した米国チームからカップを奪取したのは、1927年、インターゾーン決勝で日本を下したフランスでした。ラコステ、コシェ、そしてダブルス巧者のJ.ボロトラ、J.ブルニヨンの四銃士です。
1929年10月、日本庭球協会の招待で来日したコシェ、ブルニヨン、そして新人のP.ランドリー、R.ロデルの4選手は、東京、名古屋、大阪で公開試合を行い、参加した日本選手らに大きな影響を与えました。中でも、佐藤次郎、山岸二郎らはコシェのプレーにヒントを得て、のちの飛躍のきっかけにしています。

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