デビスカップ日本代表として活躍した佐藤次郎は、1931年から33年にかけて、ヨーロッパ、オーストラリア、アメリカなどを歴戦し、全仏選手権、全英選手権、全豪選手権などの現在のグランドスラム大会にも出場して実績を重ねました。とくに1933年には、全仏(フレンチオープン)でベスト4、そして全英(ウィンブルドン)では前年につづくベスト4に入り、世界ランキング3位に選ばれています。しかし、惜しくも1934年に26歳の若さで世を去りました。