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TENNISP&Sでテニスをはじめよう!

小西 一三さん

[1961 全日本学生選手権(インカレ)]

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待ち合わせ先の名古屋市内のホテルに現れた小西さんは、ラケット柄のネクタイを締め、とびきりの笑顔で迎えてくれた。とにかくエネルギッシュで、一緒にいるとこちらまで明るい気持ちになってくる。目下の目標はベテラン部門のタイトル獲得。現役時代から海外遠征が楽しみだったというが、ベテランになってからも世界選手権目指して練習に余念がないという。

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1957年の全国高校総体

伊勢神宮(三重県)の門前で小学生の頃から育ち、最初にあこがれたのは高校時代に見た大学生の東西対抗戦。毎年、東西の代表が名古屋に集まり熱戦を繰り広げていた。「当時学生のトップはデ杯選手でもあったし、最初に肌で感じたトップのテニスが東西対抗だった。関学の柴田善久さんや甲南の松岡功さん(修造さんの父)が出ていて格好いいなと思った」。


1965年のデ杯


1967年のデ杯

1966年のデ杯抽選会が首相官邸で行われ佐藤栄作総理から激励を受ける

立教大学に進み、あこがれの舞台はすぐ現実になったが、一つの通過点でしかなかった。次なる目標は学生チャンピオン。左利きから繰り出す強力なサーブとフォアが武器の「調子に乗せると手が付けられない選手」だったが、半面、好不調の波が激しいもろさもあった。有望視されながら、あと一歩で全国制覇を果たせないでいた。

1961年7月。大阪の中モズで臨んだ最後の全日本学生。「それまでもチャンスはあったんだけど、土壇場にならないとダメなんだよね。4年生だからこれで取らないといけない、と非常に力が入った」。


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デ杯・フィリピン戦でアンポン選手と

準々決勝で渡辺康二選手(甲南)を3-1で破ると、その勢いで優勝候補の筆頭だった藤井道雄選手(甲南)を3-1で降した。「試合後、『お前、全然平気な顔してたけど、あれだけハードな試合して大変じゃなかったか』と声をかけられた。

『試合やって大変じゃないわけない』と答えたけど、藤井君や広瀬均君(早稲田)、本井満君(関学)らとは長所や短所を言い合って、お互い切磋琢磨していた」。


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1965年のウィンブルドン

決勝の相手は本井選手をストレートで破った芥川文雄選手(関学)。ネットプレーの得意な選手で、「芥川優位」の声も高かったが、予想に反して小西さんの一方的な試合になった。左利きから繰り出す力強いフォア、キレのいいボレー、何より弾丸サーブが面白いように決まった。


アーサーアッシュとのエキジビションマッチ

ストロークが深く入り、芥川選手にネットへ出るチャンスを与えず、6-0、6-2、7-5で立教初の学生チャンピオンに輝いた。

「芥川君のプレーは単調なところがあって僕にはやりやすかった。短いボールを打つとすぐ前に出てくる。アプローチショットに威力がないのにネットにつめるから怖くなかった」。


1969年の全日本


1975年 住友軽金属集合写真

同年、ユニバーシアードのブルガリア大会に出場するとともに、デ杯代表へのステップとなった。1963年から7年連続でデ杯代表を経験。全日本選手権制覇も時間の問題と思われたが、なかなか手が届かなかった。住友軽金属に入社して5年目の66年、27歳で初の決勝進出を果たし、後輩の渡辺康二選手と顔を合わせた。

7-5、6-3で優勝に王手をかけたが、すんなり勝負を決められないところが小西さんらしさでもあった。


1975年 住友軽金属祝勝会

同年の全仏初戦でも、センターコートで第10シードのジョフレ相手に2セットアップしたが、逆転負け。「僕の弱点は気が弱いところ。捨て身にならなきゃいけないのに、リードすると勝ちを意識して守りに入ってしまうから逆転される。精神的なことだが、練習をきちんとしていれば自信を持ってプレーできるはず」と語る。全日本では渡辺さんにファイナルセット1-4まで追い詰められてから積極性が戻った。5-4からとどめのスマッシュをたたき込んでゲームセット。試合後のインタビューでは「全然負ける気がしなかった」とケロリとしていたが、実際は相当苦しい試合だったという。


全日本ベテラン選手権

30歳で引退。40歳からはコーチをしながら試合に出場し始めた。ベテランの45歳以上では世界トップ10に入ったこともあったが、その後はコーチ業が多忙に。本格的に全日本タイトル獲得への挑戦が始まったのは還暦を過ぎてからだった。学生時代のライバルだった広瀬さんとのペアで全日本ベテランの55歳以上、60歳以上、65歳以上を制覇。「生涯現役でコートに立ちたい」という。


「昔は苦手だったボレーもスマッシュもだんだんうまくなってきた。肩の力が抜けたからだと思う。全日本と世界選手権のベテランは5歳刻みで区分されているので、それぞれのタイトルを獲得したい」とエネルギッシュに語った。


【取材日2003年2月19日】
本文と掲載写真は必ずしも関係あるものではありません
小西 一三さん

プロフィール

小西 一三 (こにし・いちぞう)

  • 1939年3月生まれ
  • 大阪市(生まれ)
  • 立教大卒業

主な戦績

  • 61年全日本学生単優勝
  • 66年全日本選手権単優勝
  • 63~69年デ杯代表
  • 65年全豪出場、全仏3回戦
  • 66年全英2回戦(いずれも単)

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